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松山地方裁判所西条支部 昭和38年(ワ)193号 判決

主文

被告石川武行は原告に対し金一七〇万円及びこれに対する昭和三八年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告石川武行との間に生じた部分はこれを三分し、その二を原告の、その一を同被告の各負担とし、原告と被告宇摩陸運株式会社との間に生じた部分は原告の負担とする。

本判決第一項は原告において金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「被告等は連帯して原告に対し金五二五万二七四四円及びこれに対する昭和三八年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

(請求の原因)

一、被告宇摩陸運株式会社は貨物の運送を業とする者で、被告石川武行はその被用運転手であるが、被告石川は昭和三七年一一月四日被告会社所有の大型貨物自動車(ダンプ)を運転して被告会社の事業である砂利運搬の業務に従事中、同日午前一一時四〇分頃徳島県三好郡山城町下川、永見山隧道上の国道にさし掛つた際、運転上の過失により、偶々助手席に同乗していた原告を車外に転落させて自車の左後輪で轢過し、よつて原告に右膝関節及び膝蓋骨開放性脱臼、左足関節開放性脱臼骨折、両下腿及び足部広範囲剥皮創の重傷を負わせた。

二、被告石川は右直接の不法行為者として、被告会社は被告石川がその事業の執行につき惹起した右不法行為につき同被告の使用者として、原告の蒙つた損害を連帯して賠償すべき義務がある。

三、原告が右受傷により蒙つた損害は次のとおりである。

(一) 原告は右受傷により両脚の運動機能を喪失し、このため稼働能力皆無となつた。しかして原告は受傷前において平均月額一万四一三〇円、年額にして一六万九五六〇円の給与を得ており、少くとも満五五才に達するまで右の程度の収入は得られた筈であるから、昭和三八年九月までの分を一応除外しても、昭和三八年一〇月一日(原告満二二才の誕生日)から満五五才に達する迄の三三年間の右収入を失つた訳であり、その喪失した収入の現在価額をホフマン式計算法(但し年五分の割合による中間利息を一年の名義額毎に計算控除する方法による)によつて算出すれば、三二五万二七四四円となる。

(二) また原告は右受傷により多大の精神的苦痛を蒙つたが、これに対する慰藉料は二〇〇万円をもつて相当とする。

四、よつて原告は被告等に対し右(一)(二)の合計額五二五万二七四四円及びこれに対する前記不法行為時の後である昭和三八年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

(請求原因に対する被告等の答弁)

一、請求原因第一項は、本件事故が被告石川の運転上の過失に因るとの点を除いて、これを認める。同第三項の各損害額は争う。(被告会社)同第二項の本件事故が被告会社の事業の執行につき生じたものであるとの主張は争う。

二、本件事故につき被告石川には過失がない。即ち、本件事故は、被告石川が徳島県三好郡三好町足代の吉野川北岸砂利採取現場から同郡山城町西宇(通称大歩危)の西山建設工事現場に砂利を運ぶ途中で原告を同乗させ、右工事現場で砂利をおろしたのち再び前記採取現場に赴いていた途中で発生したもので、その原因は事故現場に差掛つた際原告の座つていた助手席側のドアが突然開いたことにあるのであるが、被告石川は該ドアを十分に注意を払つて締めていたのであつて、このことと事故が原告を同乗させてから約三〇粁を無事走行した後で起つていること、事故現場が凹凸の激しい路面であることなどを併せ考えると、右凹凸のため車体が激しく振動した際、原告の身体がドアを開く把手に触れ、これによつてドアが開いて原告が車外に放り出されたとしか考えられない。従つて本件事故は被告石川の運転上の過失によつて生じたものではない。

三、被告会社は貨物運送業者であつて旅客運送業者ではない。従つて本件自動車に他人を乗車させることはその事業の範囲に属さないし、会社の内規において厳に禁止してあるにも拘らず被告石川は敢て内規違反を犯して原告を同乗させたものであるから、仮に同被告に過失ありとしても、被告会社が使用者としての責任を負うべきいわれはない。また、被告石川と原告はかねて相愛の仲であり、両名は事故の前夜三好郡白地町の旅館に同宿したうえ、事故当日前記のとおり同乗したものであるから、右同乗は被告会社の事業とは無関係な娯楽のためのものとみるべく、かかる同乗者たる原告に対し、被告会社が損害賠償の責を負うべき理由はない。

(被告石川の抗弁)

仮りに被告石川に過失責任があるとしても、本件事故後の昭和三八年一月二一日同被告から原告側に五万円を交付し、その際爾後本件事故に関し何らの請求もしない旨の示談が成立したから、原告主張の損害賠償請求権はすでに消滅している。

(原告の右抗弁に対する答弁)

右抗弁は争う。

第三、証拠関係 〔略〕

理由

一、被告宇摩陸運株式会社が貨物運送業者で、被告石川武行がその被用運転手であること、昭和三七年一一月四日被告石川が被告会社所有の大型貨物自動車(ダンプ)を運転して被告会社の事業である砂利運搬の業務に従事中、同日午前一一時四〇分頃徳島県三好郡山城町下川、永見山隧道上の国道に差掛つた際、助手席に同乗していた原告が車外に転落して前記自動車の左後輪で轢過され、その結果右膝関節及び膝蓋骨開放性脱臼、左足関節開放性脱臼骨折、両下腿及び足部広範囲剥皮創の重傷を負つたことは当事者間に争いがない。

二、そこで先ず右転落事故発生の原因について検討するに、右争いのない事実と、〔証拠略〕を総合すると、

(一)  被告石川は前記事故のあつた昭和三七年一一月四日の五日程前から同僚運転手森田日出行と共に徳島県三好郡に出張し、同郡三好町足代の吉野川北岸川原砂利採取場から同郡山城町西宇にある西松建設株式会社の工事現場へ砂利を運搬する業務に従事していたが、所用のため一時伊予三島市に帰り、同月三日(土曜日)午後前記森田と共に出張先に戻る際富士紡績三島工場の女工であつた原告と赤瀬豊子を遊びの目的で同伴し、同夜三好郡池田町の旅館において被告石川は原告と、森田は赤瀬とそれぞれ同衾した。そして翌四日即ち本件事故当日朝から被告石川と森田はそれぞれ大型貨物自動車を運転して仕事に就き、まず池田町の東方約四粁の処にある前記砂利採取場に赴いて砂利を積み、そこから引き返し池田町を経て同町の南方約一一粁の処にある前記工事現場に赴く途中、前記旅館附近で職務規律に違反して被告石川は原告を、森田は赤瀬をそれぞれ自己の車の助手席に同乗させ、そのまま右工事現場に行つて砂利をおろし、再び足代に赴くべく、時速約四、五〇粁で走行して同日午前一一時四〇分頃右工事現場から八粁程戻つた地点にある本件事故現場に差掛つたこと。なお原告と赤瀬は足代までは同行せずに池田町の手前にある三好橋で同被告らと別れ、伊予三島市へ帰る予定であつたこと。

(二)  本件事故現場は池田町方面から高知県に通ずる国道三二号線上であるが、現場附近は非舗装の砂利道で、約二〇〇米の間S字状に大きく屈曲しているうえ、当時も車両の轍などによつてかなりの凹凸が生じており、また拳大の石塊が点在するなど路面が悪く、そこを通行する車両に激しい振動をもたらす状況であつたこと。

(三)  被告石川は先行する森田の車を追つて本件事故現場に差掛り、やや速度を減じながら最初の右カーブを通過すべくハンドルを右に切つた途端、「あつ」という原告の声を聞き左方助手席を見やつたところ、助手席側のドアが開いていてそこから原告が車外に転落して行くのを認めたので急停車の処置をとつたがすでに遅く車が停止するまでの間に路上に転倒した原告の脚部を自車の左後輪で轢過したものであること。

(四)  被告石川は前記旅館附近で原告を同乗させた際助手席側ドアを完全に閉めており、その後前記のとおり約二〇粁を走行して事故現場に至るまでの間、該ドアは一度も開閉されなかつたこと、及び該ドアの開閉装置には格別の故障はなく、むしろ把手の働きが重くて強く押し下げないとドアが開かない状態であつたこと。

(五)  開閉装置に故障のない自動車のドアは、その構造上、いわゆる「半締まり」であれば格別(この場合には車体の振動等によつて開くことがある)、完全に締めてあれば把手を操作しないのに「半締まり」に戻つたり、開いたりすることのないものであること。

(六)  原告は走行中ドアから身体を約三〇糎離し、両手を膝に置いたまま同乗していたこと。

等の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実関係によつて考えると、本件自動車が事故現場を通過しようとした際、路面の凹凸による車体の振動と、車が右に曲る時に働いた遠心力によつて原告が身体の安定を失い、身体を支えようとして偶々左側ドアの把手にすがりついたため、その力によつて開閉装置が働いてドアが開き、勢い原告が車外に放り出される結果となつたものと推認するほかはない。

三、してみると、本件事故が発生したについては、原告が日頃乗り慣れない、しかも悪路における砂利運搬のダンプカーという本来危険の予想される車に同乗しながら、身体の安全確保に意を払わず、不注意にも路面の悪い屈曲路の通過に際し、両手を膝においたままでいたために身体の安定を失い、さらにあやまつてドアの把手にすがりつくに至つたことが直接の原因をなしているというべく、この点において原告自身に相当程度の過失があつたといわなければならないが、他方被告石川においても、すでに現場を度々往復し、前認定の道路の状況は十分承知していた訳であるから、事故現場附近においては十分に徐行するなど(同被告は本人尋問において事故現場附近では二、三〇粁の速度で進行し、カーブの辺りではそれより五乃至一〇粁を減速していた旨供述しているが、証人森田日出行の証言や、前認定の事故発生の経過に照らし、それほどまでに減速していたものとは信じ難い)、車体の振動や遠心力によつて同乗者である原告が身体の安定を奪われることのない方法で運転すべき注意義務があつたというべく、更に言えば道路の状況に応じて原告に対し助手席にある握持装置によつて安定を確保しておくよう教示しておくのが相当であつたというべきところ、前記採用の各証拠によれば同被告はこれらの措置をとることなく漫然と運転を行つていたことが認められ、右の懈怠がなければ本件事故は防止できたと考えられるから、この点において同被告は本件事故につき過失の責を免れない。

四、次に被告会社の責任について考える。本件事故が被告会社の被用者である被告石川が被告会社の業務に従事していた際に発生したものであることは前記のとおりである。しかしながら本件は被害者である原告が被告石川と同乗していて起つた事故であり、その同乗するに至つた事情は前記二の(一)記載のとおりであつて、これによれば原告の右同乗は前日からの遊行の継続として専ら被告石川との個人的な関係に基いてなされたもので、被告会社の事業とは何ら関連性のないものと言う外なく同乗者たる原告に対する関係では業務の執行行為という性格を有しないものと解するのが相当である。従つて同乗者たる原告は被告会社に対しては本件自動車運行の業務執行性を主張して使用者責任を追求し得ないものというべく、原告の被告会社に対する本訴請求はこの点において失当といわなければならない。なお、原告は被告会社に対し自動車損害賠償保障法第三条に基く請求を明示的には行つていないのであるが、本件につき右法条を適用判断すべきものとしても、右に述べた業務執行性を主張し得ない事情は、そのまま右法条にいわゆる「自己のためにする運行」性をも否定すべき事情となると解すべきであるから、右法条によつても被告会社に対する原告の請求は認容するに由ないものというべきである。

五、そこで進んで原告の損害について検討する。

(一)  〔証拠略〕を総合すると、原告(昭和一六年一〇月一日生)は本件事故当時富士紡績株式会社三島工場の工員として平均月額一万四一三〇円(年額一六万九五六〇円)の給与を得ていたが、本件受傷により右会社を退職することを余儀なくされると共に、その後一年一ケ月間の入院加療、約半年間の通院加療の結果、幸い両足の切断は免れ、右脚は現在までに七、八分通り治癒したが、左脚は屈曲不能となり、このため原告は歩行能力を殆ど失い(一〇〇米位ならどうにか歩ける程度)また坐るときは左脚を投げ出さなければならないので疲労が強く従つて坐つて内職的な仕事をすることもできない状態となつて、全く稼働能力を喪失したこと、及び将来それが回復する見込みもないことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうして本件受傷がなかつたとすれば原告がその主張にかかる将来の三三年間(即ち満二二才に達した昭和三八年一〇月一日から、満五五才まで)前記年額一六万九五六〇円程度の収入を挙げ得たであろうことは諸般の事情から容易に推認できるから、原告は本件事故により右年額を基礎として計算した三三年間の収入合計五五九万五四八〇円の得べかりし利益を失つたものということができるが、これを当裁判所において正当な方法と認める原告主張の計算方法により法定利率年五分の割合による中間利息を控除して原告主張の昭和三八年一〇月一日現在における一時払額に換算すると三二五万二七四四円となる。

(二)  次に慰藉料について考えるに、いわゆる妙齢にあつた原告が本件事故の結果半ば廃疾に近い高度の身体障害者となつたことによつて多大の精神的苦痛を蒙つたであろうことは推測に難くなく(現に、証人松原武雄の証言によれば、原告は本件事故後一時は将来の身の上を悲観して放心した状態に陥り、親達において自殺を計りはしないかと憂慮したこともあり、最近に至り知人の勧めで天理教に入信してからようやく明るさを示しはじめた事実が認められる)、右精神的損害は金銭に評価して二〇〇万円に相当すると認められる。

(三)  したがつて本件事故によつて原告が蒙つた損害額は、右(一)(二)の合計五二五万二七四四円となるわけであるが、すでに述べたとおり本件事故は原告、被告石川双方の過失が原因となつて発生したものであり、前認定被告の過失の程度を一とすれば原告のそれはほぼ二に相当すると認められるから、これを斟酌し、原告が同被告に請求し得る損害賠償額は右合計額から約三分の二を減じた一七五万円と定めるのが相当である。

六、被告石川は本件事故後の昭和三八年一月二一日原告側に対し五万円を交付し、その際爾後本件事故につき何らの請求もしない旨の示談が成立したと抗弁し、証人松原武雄の証言によると右主張の頃、被告が原告の父親である右証人に対し本件事故の見舞金として五万円を交付したことは認められるが、その際被告主張のような示談が成立したとの被告石川本人の供述部分は、これを否定する右松原証人の証言に対比して措信し難く、他にかかる示談が成立したことを認むべき証拠はない。よつて右抗弁は妨訴抗弁としては理由がないが前記見舞金として交付のあつた五万円は、公平上、被告石川から得た原告の利得として前記損害賠償額一七五万円から控除するのが相当というべきである。

七、よつて原告の本訴請求は、被告石川に対し右の控除を行つた残額一七〇万円及びこれに対する本件不法行為時の後である昭和三八年一〇月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべく、同被告に対するその余の請求部分及び被告会社に対する請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎順平 野崎幸雄 青野平)

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